グローバルサイトにおいて共通のデザインを採用する場合、そのデザインが各国のユーザーに受け入れられるかをチェックするために、各国でデザインへの印象調査やユーザビリティ調査を実施することがあります。グローバルな調査においては、すべての国において「全く同じ内容」でユーザーリサーチ(アンケート調査、インタビュー調査など)を行おうとすることがありますが、各国ユーザーの考え方、文化、コミュニケーション方法などの違いによって、ある国では有効な結果が得られたとしても、他の国では有効な結果が得られない場合があります。本記事では、当社にて実施したグローバル調査(アンケート調査)における実際の結果をご紹介します。
海外で作られたインタビュー質問
「あなたが仕事において最も大切にしている信念を3つ挙げてください」
これは、日本で実施したインタビュー調査において、日本人のインタビュー参加者の方に実際に行った質問です。この質問に対して、ある人はしばらく思いあぐねた後に絞り出すように1つずつ信念を挙げていき、ある人は1つの信念を挙げた後に「いや、よく考えてみるとやっぱりそれは違うかも」と言って再度検討するなど、多くの方はこのシンプルな質問への答えに窮していました。みなさんはこの質問にすぐに答えられそうでしょうか。筆者は正直申し上げて、この質問にすぐに回答できる自信はありません。当社にいる日本人スタッフの何人かにも同様の質問をしてみたところ、やはり回答には窮しているようでした。
一方、同じ質問を当社のアメリカ人スタッフにしてみたところ、驚くほどすんなりと3つの信念を回答してくれました。
実はこのインタビュー質問ですが、筆者=日本人リサーチャーが考えた質問ではありません。英語圏の国にある海外のリサーチ会社が考えたインタビュー質問であり、それを日本語に翻訳して質問を行ったものでした。
このように、ある国(多くは、グローバル企業の本社がある国)で作成されたインタビュー内容を用いて、各国語への翻訳のみを行い、世界のどの国においても共通のインタビューを実施することが、「共通のデザインを採用するグローバルサイト」のデザイン調査においてはしばしば行われています。各国で全く同じインタビュー内容の調査を実施する最も大きな理由は、各国間での結果を横並び(同じ指標)で比較できるようにするためです。しかし、冒頭でのインタビュー例のように、言語としては理解できる質問であっても、ある国の人にとっては、回答するとなると非常に困難である質問がしばしばあり、そのような状況で「無理やり引き出された回答」が、本当に信頼性に足る調査データになりうるかについては疑いが残ります。
以上の話は対面でのインタビュー調査における結果ですが、当社の別プロジェクトにおいて実施したアンケート調査において、世界共通のグローバルサイトデザインへの印象について「すべての国で全く同じ質問」を用いたときに得られた結果があります。本記事では、各国でどのような結果が得られたかについてご紹介するとともに、グローバル調査における適切な質問方法や取り組み方について考察をしてみようと思います。
グローバルサイトのデザイン印象調査(3カ国アンケート調査)
調査内容
- 調査対象サイト
- 世界共通のデザインを用いたコーポレートサイト(言語のみ各国語)
- 調査対象国
- アメリカ・イギリス・日本の3カ国
- アンケート調査の方法
- 回答者数は各国200名
- 回答者にはサイトを自由に閲覧してもらい、サイトのデザインや使い勝手についていくつかの質問に回答してもらった
結果
下のグラフは、「このデザインは見やすいと思いましたか?」という質問に対する5段階評価(非常にそう思う 〜 全くそう思わない)の解答割合を示したものです。
縦軸は、US(アメリカ)・UK(イギリス)・JP(日本)の3カ国の各々のデータ、横軸は、左から順に5段階の回答(非常にそう思う 〜 全くそう思わない)の各割合を示しています。
グラフの色 | JP | US,UK |
---|---|---|
紺 | 非常にそう思う | strongly agree |
青 | そう思う | agree |
緑 | どちらでもない | neutral |
橙 | そう思わない | disagree |
赤 | 全くそう思わない | strongly disagree |
このグラフから、以下のような点が見て取れます。
- アメリカ・イギリスの結果はとても似ており、「非常にそう思う=strongly agree」の割合が60%程度と最も多く、「そう思う=agree」の回答割合の35%、つまり、計95%近くはポジティブな回答。
- 日本では、「非常にそう思う」の割合は15%程度だが、「そう思う」の割合は60%程度と最も多く、ポジティブな回答の計75%程度。一方、アメリカとイギリスではほとんどいない「どちらでもない=neutral」の回答割合が20%程度。
- ネガティブな回答(そう思わない=disagree、全くそう思わない=strongly disagree)については、日本で「そう思わないが」やや多いものの、3カ国とも大きな差はなく5%以下(なお、最も評価がネガティブな「全くそう思わない(strongly disagree)」はこの調査では各国とも0%)
考察
このアンケート調査の結果を単純に見ると、「アメリカ・イギリスと比べて、日本でこのデザインは不評」と受け取れてしまうのではないかと思います。そして、「なぜ、日本人はこのデザインをあまり好まないのだろう?」「色調?フォントの大きさ?写真の雰囲気?」など、この結果をなんとか「解釈」して、最終的には「日本人向けのデザインを個別で作ったほうがよい?」という議論にまで発展してしまう可能性がありそうです。
もちろん、そのデザインが本当に日本人にとってはそこまで好まれないものであった可能性も否定はできません。しかし、アメリカ・イギリスの結果を気にせず、「日本」の結果だけを改めて見てみるとどうでしょうか。また、仮にご自身がなにかしらのデザインを見せられて、この質問に回答する立場になった場合のことを考えてみるとどうでしょうか。あくまで感覚的な予想にはなるかと思いますが、「非常にそう思う」や「どちらでもない」を選ぶ人の心理として、以下のようなものが含まれそうと考える方も多いのではないでしょうか?
- 「非常にそう思う」と回答した人
- このデザインが「心から気に入った」場合に選ぶもの
- このデザインに「感銘を受けた」場合に選ぶもの
- 「どちらでもない」と回答した人
- とても気に入ったデザインだったが、気に入らない要素がほんの少しだけ入っていたため、「厳密には」どちらとも言えない=「どちらでもない」を選択
- 基本的にはよいデザインだと思うけど、普段気に入っているサイトと「比べると」よいとまでは言えない=「どちらでもない」を選択
つまり、「非常にそう思う」は、相当ポジティブな印象を持たない限りは選択せず、一方、「どちらでもない」は、おおむねポジティブでありながらも、「慎重に」「厳密に」考えてしまうと一概にはポジティブとは言い切れないので「そう思う」を選ばなかった、ということになります。この仮説が正しいかどうかはこのデータのみからでは言い切れませんが、日本人が自分の態度を示すときに、「あまりはっきりと物事を言わない」「正確に答えようとする」「極端な回答を避ける」という傾向があるのは一般的にも知られていることから、
- 「非常にそう思う」は、そもそも選ばれにくい
- 「どちらでもない」は、ポジティブ・ネガティブに関わらず、けっこう選ばれてしまいやすい
という回答傾向になってしまう可能性は十分にありえると考えられます。一方、欧米の文化においては、日本人よりも「はっきりと物事を述べる」「あいまいにしない」傾向が強いことを考慮すると、仮に、アメリカ人・イギリス人と日本人が、このデザインに対して実際は同じくらいにポジティブに感じていたとしても、アンケートの5段階評価の選択肢として異なる選択傾向になる可能性が高い、つまり、今回のアンケート結果についても、実は「日本でも、アメリカ・イギリスと同じくらいに好評」であった可能性も否定できないということになります。
グローバル調査の取り組み方
本記事では、グローバルなデザイン調査を行う場合に、各国のユーザーの考え方や態度傾向などによって、得られるデータの内容や質が変わってしまう可能性について考察を行いました。これらの結果・考察を踏まえると、有意義なグローバル調査を行うためには、たとえ世界共通のデザインを採用する場合であっても、一律の内容でのデザイン調査を行うのではなく、国ごとに適した「調査のローカライズ」を行うことが重要になるかと言えるかと思います。
そのためには、サイト構築や調査企画を行う国(多くのケースは本社がある国)のみで調査計画やインタビュー内容の検討を行うのではなく、各国での調査経験が豊富な現地パートナーと密接に連携を行う必要があります。ポイントとしては、以下のように「手段」については現地パートナーを尊重することが重要かと思います。
- 調査の「目的」(この調査によって何を達成したいか?)はしっかりと伝えたほうがよいが、調査の「方法」(インタビュー調査、アンケート調査、エスノグラフィ調査など)については現地パートナーの意見を重視する
- インタビュー調査やアンケート調査の実施にあたっては、「知りたいこと」はしっかりと伝えたほうがよいが、「質問項目」や「聞き方」については現地パートナーに任せる・考えてもらう
本記事は、私=日本人のリサーチャーの視点でグローバル調査における課題についての考察を行いましたが、当社のアメリカ人スタッフが「日本でリサーチすることの難しさ」について述べおりますので、英語記事ではありますが、ご興味がおありの方はご一読ください。また、当社が加盟しているUXリサーチのグローバルネットワークである「UXalliance」においても、グローバル調査に関する記事や出版物を発行しております。
UXリサーチャー歴10年以上。大学院で専攻していた認知心理学の知見や実験手法をUX/UIデザインに応用しながら、日々実践や研究を行っている。博士(情報科学)。